ネットは個人の方が安心する

日々の生活の中にあるサービスは、基本的に大企業が提供しているものほど安心するが、ネットだと逆に大企業だと警戒し、個人のサイトだと安心する。そこに利益を求める心は薄いように思えるから。
企業は基本的に利益を求めるため、ネットで企業が何か始めたとしてもそこには必ずビジネスが絡んでいる。消費者に払わせるものはお金か、それに変わる何か代償を求める。それ以外の目的はあり得ない。無料のサービスがあったとしても、それはあくまで長期的な”投資”である。その中のうまくただ乗りできそうな部分を切り取って使っているユーザが大半なのが現状である。
リアル世界で大企業のサービスを受ける理由は、実体があるため、安全性や確実性が第一に求められるからだ。また、ビジネスも絡みつつ、仕事以外の情実の部分がある。要するに、これだけよくサービスしてくれるんだから、相手の目的に利用されてやってもいいか、というような。だが、人と会わないネット世界の企業の行動としては、情実がなく、ビジネス部分だけが突出しているように思う。企業は何かサービスを提供するかわりに、必ずユーザから何かを奪う。金か、アクセスか、情報か、その辺はわからないが。何か、自分の行動履歴が良くない使われ方(商用とか個人情報をXXとか)をするのではないか、という警戒感はぬぐい去れない。
個人レベルではそういったものが薄くなる。その情報は私の求めているものをピタリと提供していないかもしれないし、内容もつたないかもしれないが、そこに悪しき意図はあまり、ない。純粋に書きたい、表現したいであるとか、反応が欲しいといった部分が多い。そりゃあそれでさらに儲かれば言うことないが、そこまで到達する個人はごく一部だし、大半はまぁ、身もふたも無くいってしまえば、そういったことはあきらめてマイペースでホームページやブログを更新している、といった状況がある。
ネットというのは多くの部分がブラックボックス化しているため、いい知れない不安というものはぬぐいされない。もうちょっと可視化できる部分はした方が個人的には良いと思うのだが、なかなかそうもいかず、難しいようだ。もっとクリーンな形でお金の流れやインターネット世界の状況などが見えれば、もっと企業を信用するのではないか。インターネットは局地的過ぎる。もっとネット世界全体が把握できるようなサービスができればと思う。