表現したいと思う動機は人によって違う

多様なツールやサイトがWebには増えてきました。ブログやホームページにしても、サービスによって様々な見せ方やオリジナルの要素を取り入れている。統一されていない。画像サイトや動画サイトもそう。これは、Web情報を統一して受信しようとする人にとっては不便だ。いろんな規格があって、それぞれ違う見方を考えて、うまく全体を巡回していかなければならない。願わくば、あらゆるサイトをRSSで統一してすっきり見られるようになれば一番だなぁと、RSSを使っている私は思います。
でも、それではだめなんですね。私は今までのエントリの中で、Webは受信者優位だ優位だと繰り返していましたが、その前段階の部分があった。まず、発信者を「発信する気」にさせないといけない。それがないと何も始まらず、情報を送信する人がたくさんいてこそ、受信者優位であるといえる。
Webは、何もしなくても現在は情報を発信している人が多くいますが、それぞれの理由があるのだと思う。自分のため、他人のため、お金のため、人間関係のため、コミュニケーションのため。動機は様々だが、結果として、日夜何らかの情報を発信している。
しかし、このような無数の発信者が現れるまでが、Webは大変だったのではないか。その話がまず先に来ていることを忘れていた。要するに、mixiなら発信できる人、ブログとい形態でなら発信できる人、2chという形態なら発信できる人、というふうに。わかれているのだ。
人が重きを置くものは、情報だったり、金だったり、関係だったり、満足感だったりし、その比率は人それぞれだ。Webに現在のような多様な発信方法があるのは、より多くの人に発信して欲しいからだ。それが、Webの活況につながる。総情報量の多さ、発信者数の多さもまた、Webの一つの価値だと思うから。
だから、統一してほしいと受信者側が文句を言うんじゃなくて、情報送信者側がせっかく送信しているのだから、それをなんとかして統一して情報を受信しようという姿勢が大切なんだなと。そういう意味で、結局は発信者優位と言えるのか?そこはどうでしょう、受信者も見なくてもいい自由もあるので、微妙ですね。情報発信者が多いほど、受信者優位の状況ができるのは確かだと思います。
何をもって、人はものを書いたり、画像を集めて発信したり、コメントを書きたいと思うか。そんな様々な人をサポートするのが、Webの様々なツールである。ニコニコ動画twitterTumblrもまた、情報発信者の数を確実に増やした。今、Webで情報を発信していない人も、その人の心をくすぐるような新ツールが出れば、情報を発信しようと思うかもしれない。情報という言い方はいかめしいな。何でもいいのだ、wwwでもいい、Webでコトバなりなんなりを発信することが、Webをより盛り上げる。いろんな人が情報を発信すれば、Webはより楽しくなるに違いないのだ。