Webにおけるあいまいなる最大化

ニコニコモンズというニコニコ動画空気嫁的な決まりごとができていくかもしれない。なんかまた色々アップ者のルールとかができていくんでしょう。それによるメリットもあればデメリットもあるかもしれないが、ある程度のルール説明は必要だと思うし、がんばってほしいと思う。その記事を見ていて、ふと思ったことがある。Webでのルールの話である。
視点として一つ思うことは、効用最大化のときは何か一方に規則を決めてしまうよりも、中央で曖昧なほうが実は一番いい状態だったりするのではないかと思う。
たとえ話をして見よう。かけ算しってますよね。
□x△=○という式がある。 また、□+△=Xとする。Xが10としよう。□と△がいくつのときに○は最大化されるでしょうか。
答えは□=5、△=5である。これはXがいくつでも同じような状態になり、□と△が等しいときに最大化が達成される。
今、2chやニコニコはいざ知らず、Webの匿名による問題や、ダウンロード違法化の話とかが論議されている記事を見るたびに思う。ずっとこのままだったらいいなぁ・・・と。(Webで色々と見ていくユーザの立場にとっては)
webは過渡期だと言われている。これからまた色々変わっていくだろう。法整備やその他。韓国では実名制でないと情報発信できないような法律ができたらしい。昨日amazonから届いたネット君臨毎日新聞社)という本を読んでいたらふとそんなことを書いていた。(ちなみに内容はWebの匿名性などの批判が主で、同時に買ったウェブ炎上(荻上チキ)と内容が対照的である。(まさにこれが「立ち位置」による温度差なのだろうな・・・と思った)
要は、何か決めてしまうよりも曖昧な状態のほうが、実は効用最大化が達成されているんじゃないかと。非常にWeb市民的な発想ではあるが。結局匿名性やダウンロードによるもので困っているのは誰なのか・・・大企業が主である。法整備してほしいはずである、彼らは。ほっとくとほにゃらら委員会とかそこらへんに働きかけて、どんどん物事がはっきりしてしまっていくかもしれないそれは残念だと思う。もし本当にWebの自由な気風が脅かされるときがきたら、そのときは・・・それをよしとしないユーザがそれぞれのやり方で反発していくべきだろう・・。□=5に対抗できるような、△=5の力となるべく。